歌手ナムグンオクブンが故チョンユソンを追悼した。
ナムグンオクブンは25日、インスタグラムアカウントに「チョンユソン!ユソンのように星になった。コメディアンたちにとっては北極星のような存在だった」と投稿した。
続けて「1949年、この地に来て数多くの業績を残して去った。先月8月28日、兄の娘が運営するカフェに兄に会いに行って最後にお会いしたが、こんなに早く行かれるとは思わなかった」と記した。
ナムグンオクブンは「昨日も筋力トレーニングをするようにというカカオトークに午後9時4分に『うん』という返事をくれた後、1日後の今日午後9時5分に行かれた。延命治療も拒否され、娘さんとたくさん話をされ、チョンユソンらしく去られた」と伝えた。
さらに「世の中の動きを携帯電話で全て見守り、SNSも見て、本を最後まで手放さなかった貴重な人。本当に素晴らしいことをたくさん作ってくださった素晴らしい方が去られたことに虚しい気持ち」と心情を伝えた。
また「今、アサン病院に向かっており、コメディアン葬として協会長のキムハクレ兄の指揮の下、葬儀が行われる予定だ。素晴らしく生きた兄の名誉を祈る」と付け加えた。
大韓民国放送コメディアン協会によると、チョンユソンは肺気腫の症状が悪化し、25日午後9時5分にこの世を去った。
故人はソラボル芸高とソラボル芸大演劇映画科を卒業し、1969年TBC「ショーショーショー」の作家としてデビューし、コメディアンに転向して「ユーモア1番地」、「ショービデオジャッキー」などを通じて視聴者に顔を知らしめた。
喜劇人がコメディアンと呼ばれていた時代に「ギャグマン」という名称を放送界に広め、専門性と自尊心を持った新世代の笑い手たちの地位を確立し、多くの後輩たちの尊敬を受けた。KBS代表的なギャグプログラム「ギャグコンサート」の発足と定着に貢献し、韓国コメディの世代交代を導いた。
遺族はソウルアサン病院に設けられ、葬儀は喜劇人葬として行われる。
[ヤンソヨン スタートゥデイ記者]